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2007年06月22日

黒帯授与式

9cb3838a.jpgIF-PROJECT&アカデミアA'z高島平代表の浜島邦明氏がデラヒーバより黒帯を授与されたのは前述したとおり。

実は浜島氏は昨年のデラヒーバ来日時に黒帯の昇格をデラヒーバから「黒帯を巻かないか」と打診されていたのですが、それを固辞し今年ついに満を持しての黒帯昇格となりました。

デラヒーバによる日本人黒帯はもちろん初めてです。

今回はそのデラヒーバによる本場ブラジルの黒帯授与式の模様を紹介したいと思います。








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まずは互いに対面し正座で座ります。






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師、弟子の順に一礼します。






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Diploma(ディプロマ、証明書のようなもの)に帯の発行者が認定のサインをします。







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このディプロマには「私、ヒカルド・デラヒーバが浜島邦明の黒帯を認めます」と書かれています。






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ディプロマの授与です。






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それから黒帯を渡します。






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立ち上がりデラヒーバが浜島氏の巻いていた茶帯を外し






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投げ捨てます!






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そして新たに黒帯を巻いて






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握手です。






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そして熱い抱擁!







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新黒帯の誕生です!






道場によって違うでしょうが、デラヒーバのアカデミーでは黒帯の授与式はこのようにやっているそうです。

また日本でも習慣として知られている「帯叩き」ですが、ブラジルではやらないアカデミーの方が多いのではないか?とのことでした。

デラヒーバのアカデミーでもやっていないし、バッハでもやっていないと聞きました。

確かに昔はどこのアカデミーでも「帯叩き」の習慣はあったようですが、現在はあまり行われておらず、ごく一部のアカデミーがやっているだけ、ということらしいです。

最後に新黒帯となった浜島氏に柔術の経歴と黒帯になった感想を聞きました。


「僕が柔術を始めたきっかけは当時の多くの人がそうであるように第1回UFCのホイス・グレイシーの活躍を目の当たりにしたことでした。

自分はUWFのファンだったこともあり、ホイスの活躍は衝撃が大きかったです。

1995年から柔術を始めましたが、本格的にやり始めたのは1996年10月のハワイアンオープンに 出場しようと決めた半年前くらい前(96年4月頃)だったかと思います。
その半年間で奇跡の40kg減量をし、大会に出場しましたからね(笑)

青帯はヘウソン・グレイシーから頂きました。

96年10月のハワイアンオープンに白帯で出場し ベスト8まで進出しました。

これが僕の柔術なデビュー戦ですね。

翌年の97年4月のパンナムは青帯で出場しました。

ただこの当時のパンナムは白帯のクラスがなく 青帯での出場になると、当時、指導していただいた渡辺孝真さん(現AXIS柔術アカデミー代表)に言われました。

パンナムでは僅差の1回戦負けでしたが、その翌日にヘウソン道場へ練習に行った際に 敗れた1回戦の相手がマチャド柔術の強い選手だったみたいで、ヘウソンにえらく褒められました。

そしてその練習の時に白帯を巻いていたら、ヘウソンに「青帯を巻け」と言われました。

その後、アカデミーに所属するわけでもなく、試合に出るわけでもなく、青帯を7年ほど巻き続けました。

ちょうどその頃、昔の縁でカーウソン系だったBTTのメンバーがリングスに来るようになり 来日の際にサポートをしたり、練習を一緒にしたりしていました。

リングス時代、アローナやミノタウロの
セコンドにも着いたことがあります(笑)
その時にミノタウロから紫帯を認められました。

紫帯取得と同じくらいにSSSアカデミー高島平(現・アカデミアAz高島平)のインストラクターに就任し、97年にムンジアル参戦の時にお世話になった和道さんと同じアカデミーの所属になりました。


茶帯は2005年5月にJFTの和道さん、早川さんから認めら、そしてつい先日、デラヒーバから黒帯を認定されました。

柔術をやっていてよかったこと、悪かったことは柔術をやって人生が充実しました(笑)。柔術をやっていて悪かったことなんてありません。 柔術をやって良い事しか思いつきませんね。

黒帯になった感想は正直、まったく実感がありません。実力で取ったなんて、これっぽっちも思っていませんし(笑)。

ただ指導者として大会プロモーターとして、選手としてではなく、僕なりの柔術の普及の仕方が、デラヒーバ先生に認められたことは、これ以上の幸せはありません。

そして選手として、実力主義だけではなく、別の形で柔術普及をすれば、時間は掛かれど、 帯が上がることの形を作れたことは、今後、柔術を影ながら支えていただいている人の励みに なるのでは、と考えております。
そしてこれからもより一層、柔術の普及に精進します。 」

浜島氏は95年に柔術を始められたということなので今年で12年の柔術歴ということになりますね。

特に青帯は師匠を持たなかったゆえ7年も巻いていたそうです。

青帯を7年なんて昔に比べて昇格の早くなった今では考えられないですね!

現在の規定で黒帯になるまで最短で6年なんですから。

浜島氏は黒帯を巻くまでその倍の12年もかかりました。

黒帯になったのは遅すぎるとさえ思います。

でもそれだけの期間をかけても巻く価値があるのが狃製僂旅帯瓩世隼廚い泙后

おめでとうございます!





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