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2009年01月31日

エリオ・グレイシーとの思い出:橋本欽也

今日は予定を変更してエリオ・グレイシー死去のニュースをお送りします。





1/29にブラジル・リオデジャネイロのペトロポリスの病院でエリオ・グレイシーがお亡くなりになりました。

死因は諸説あって肺炎とも白血病による多臓器不全ともいわれています。

ですが95歳という年齢は充分に天寿を全うしたといっていいでしょう。

エリオはこれまでにホイスやホイラーのセコンドを務めるためにたびたび日本を訪れていますが、自分がエリオに会ったのは今までで2、3度しかありません。

今日は初めてエリオに会ったときの思い出を書きたいと思います。

最初にエリオに触れたのは2000年に浅草で行われた、ホリオン&エリオのセミナーでのことでした。

これはホイスがPRIDEのトーナメントに出場するときについで(だと思う)で開催されたもので、エリオ、ホリオンの他にもホウケルや若き日のヒロン&ヘナーも参加していました。

余談ですがエリオ派のグレイシーファミリーの中でもマイナー(失礼!)なホウケルが見れたのは嬉しかったですね!

ホウケル、ってピン!とこない人が多いと思いますので説明すると、ホウケルはエリオの4男でヒクソンの弟、ホイラーの兄です。

あまり柔術家として有名ではないですが、現役時代はデラヒーバと試合した、という話はよく知られていると思います。

が、その試合ではデラヒーバに敗れています。

現在はグレイシーウマイタでホイラーと共にインストラクターを務めており、その育成手腕には定評があります。

ウマイタ育ちの代表選手としてサウロ&シャンジのヒベイロ兄弟やレティシア・ヒベイロなど後の世界王者となる選手を多く輩出しており、さらにアカデミータイトルも幾度となく獲得しています。

話が逸れましたのでエリオの思い出に戻ります。

そのセミナーでエリオは「グランドマスター」と呼ばれ、日本語では「創始」と訳されて大げさに恭しく扱われていた漢字でした。

初めて見たエリオの印象は「うわ、こんなに小さいんだな!」でした。

ギを着て立ってる姿は背筋もピシッ!としてて凛とした佇まい。

さながらジェダイマスター・ヨーダのようでもありました。

でもやたら話すし身振り手ぶりも大げさで元気なジイさんだなー、とも思いました。

そのときに話していたのは「いまブラジリアン柔術と言われているものはすべてグレイシー柔術にルーツがある!今の柔術は競技に偏りすぎてるからダメだ!まず柔術は護身ありき!」みたいなことを話していたのを覚えています。

正直、当時は「護身なんてやりたかねーよ!」と思いながら聞いていましたね。

でも今となっては柔術は護身術でもあるから、ちゃんと突き詰めていけば面白いんだろうな、と思いますが、あのときのエリオには「頑固ジジイ」の印象が強かったです。

自分が持ったエリオの感想は「小さいながらもパワフルなジイさん」という、現在のブラジリアン柔術の祖に対していささか失礼なものではありますが、あながち間違ってもいないでしょう。

小さくてパワフルなエリオだったから日本からの柔道家の刺客の多くをを返り討ちにし、その経験を基にして狆さな者でも大きな者に勝てる瓩謳い文句のグレイシー柔術を確立させることができたのですから。

ご冥福をお祈りします。






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