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2009年11月26日

高谷コラム:マスター&シニア◆\鐐綾斉擦鳳ける「マスター&シニア」

ブラジリアン柔術競技において欠かせないファクターである「マスター&シニア」。

それに比して、前回は現代柔道におけるマスター大会の状況を一部紹介した。

今回は戦前の柔道で確固たる存在感を示していた年齢別カテゴリーについて紹介したい。

毎年4月29日に行われている「全日本柔道選手権大会」。

言わずと知れた所謂「柔道日本一」を決める大会として体重無差別、そして当然のように年齢無差別で争われる大会である。

この大会は戦後昭和23年に始まったものであるが、戦前にはその前身として「全日本柔道選士権大会」が行われていた。

昭和12年から木村政彦氏が三連覇したことで知られる同大会、第一回大会は昭和5年11月に明治神宮外苑において開催されている。

さて、この第一回の「全日本柔道選士権大会」においては、なんと8人の「柔道日本一」が輩出されているのだ。講道館柔道創始者・嘉納治五郎師範は「全日本柔道選士権大会の意義」の中で、以下のように述べている。

「又専門選士と一般選士との区別を立て更に年齢に依って四つの区分を設けたのも、大に苦心の存した所である。

柔道の乱取を平素の業務として居るものと、単に趣味とか修養の為とかで練習して居るものとを、同様に取扱うことは當を得ないし、年齢の違ふものを対抗せしめることも避けたい。

血気盛りのものは同様のもの同士、老成練熟のものはさういうもの同士、試合せしめるが当然であると思ふ。

さういう訳で、色々と考へた結果、八種の優秀者を選び出すことにしたのである。」


このように、当時もっとも権威の高い大会に際して考案されたのが「年齢別」なのである。

さらには専門・一般の区分けに関しても、現在のブラジリアン柔術帯制度の意義を想起させる思惑がうかがえる。

ブラジリアン柔術のカテゴリー制度がこの影響をうけているかはわからない。

が、嘉納師範のこのアイデアが競技の世界において大いなる意義を残しえたことはまぎれもない事実であろう。

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今月末、いよいよ日本ブラジリアン柔術連盟主催「第一回東京国際オープントーナメント」が東京武道館において盛大に開催される。

筆者は今大会、多くのブラジリアン柔術家がそれぞれの生活や体力に応じたスタンスで競技生活を送ることを推進しうる世界・「マスター」カテゴリーに参加させていただく予定である。(本来のシニア1カテゴリーは試合不成立であった。)



戦前柔道において「マスター&シニア」カテゴリーを創案した嘉納治五郎師範。
今回の東京五輪招致問題においてもその事跡がクローズアップされた。



今回の参考文献「大日本柔道史」。
初版は昭和14年、戦前柔道史の資料として約1200ページにもおよぶ。
筆者所有のものは昭和59年に再販されたもの。



高谷聡(こうたに・さとし)
パラエストラ吉祥寺・代表。
ブラジリアン柔術・黒帯、柔道四段。
BJJFJ公認B級審判員。
現CSF(コンバット・サブミッション・ファイティング)王者。
CSF王座は2007年6/1、ニュージーランド、オークランド、トラスト・スタジアムにて前王者、ニール・スウェイルスと戦い、これを延長戦の末にポイント判定で降し王座獲得。

王座獲得の後、2年ぶりに王座防衛戦を行い、激戦の末に王座防衛を果たす。(2009年5月)

★CSF王座防衛戦の様子はコチラから!

★CSF王座獲得のの詳細は2007年06月01日のこのブログのニュージーランド編を参照のこと。

☆ニュージーランド編はコチラ、画像はコチラ


★著者経歴
・昭和45年2月11日生まれ、39才(独身)
・昭和57年、12才で武道を始める。
・昭和59年、合気道初段。
・昭和61年、16才で柔道に転じ以降、高校・大学・実業団にて選手として出場。
・現在は母校の柔道部監督を務める。
・平成7年、柔道4段取得。
・実業団所属時代、鈴木道場サンボクラスに入門、初段を取得。
・平成9年、鈴木道場サンボクラスに出稽古の中井祐樹先生と知り合う。
・同年末に開設されたパラエストラ東京(当時パレストラ東京)に入門、ブラジリアン柔術を始める。
・平成13年、パラエストラ吉祥寺を設立。
・平成17年、ブラジリアン柔術の黒帯を取得。
・好きな女優は池脇千鶴、おニャン子クラブでは白石麻子が好きだった。

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