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2011年03月24日

高谷コラム:柔術を考える・其の参 

ブラジリアン柔術の特徴として秀逸なる「寝技」技術体系を持っていることは周知であろう。

同じように寝技の技術革新をなしえたスタイルに高専柔道があることもまた広く知られているところである。

これらは共に日本国内では講道館柔道経験者からしてより自由に戦えるという実感が愛好者増の要因となり、常に「柔道」競技のアンチテーゼとしてアイデンティティを確立してきた経緯があると言えよう。

ここで筆者は、明治期に「古流」柔術諸派が講道館柔道の後塵を拝していく中、「寝技」を武器に講道館に意地を見せた不遷流柔術の存在を想起する。

 江戸後期に「拳骨和尚」と呼ばれた物外和尚(新撰組局長・近藤勇を子供扱いにあしらったことで知られる)によって創始された不遷流。

その四代目の継承者であった田辺又右衛門が、当時警視庁武術試合などでの躍進を経て日の出の勢いにあった講道館に一泡吹かせようと郷里岡山から上京したのは明治23(1890)年、その後10数年に渡って警視庁の柔術世話係を務めたのであった。

その間、戸張滝三郎を二度にわたって絞めで降したのをはじめ後の十段・磯貝一と二度にわたって引き分けるなど、講道館の強者たちを再三苦しめた。

一説にはあの「姿三四郎」のモデル・西郷四郎も対戦を避けたと言われる。

田辺は後に講道館に対する自身の優位について以下のような内容を語っていたという。

「これはなにも私が特別に才能を持っていたわけではないのでありまして、畢竟、私の柔術そのものが講道館柔道より優秀だったというに過ぎないのであります。

 嘉納(治五郎)氏あたりの説によりますと、柔術は立ち技をするのが本体で、締めや逆はそれに付随しているものののごとくに説くのでありますが、氏のいわゆる柔道とい うような体操半分のものはそれでもよいのかもしれませんが、小を以て大を制し、弱を以て剛に打ち勝とうとする真の柔術は決してそうしたものではないのであります。

 真の勝負を目的とする柔術は、どうしても逆や締めを主体としたものでなければならないのでありまして、投げというものはそれに付随すべきものに過ぎないのであります 。

 巨大なる相手に対し、投げの一本やりで勝負が得られようと思う人はないでありましょうが、逆や締めのみをもってするものは決して不都合を感じないのでありますから、 単にこの一事に鑑みましても嘉納氏の説く柔道というものが、勝負法としては甚だ迂拙なるものであることがわかるであろうと思うのであります。」


田辺又右衛門による「柔術」論、まるでエリオ・グレイシー一族の言葉であるかのようだ。(ここで、嘉納治五郎が後に護身的観点から寝技の危険性について述べていることを付記しておく。)

ともあれ、不遷流を含めたいわゆる「柔術」が後にそれ以上広まりえなかったことを考えると、現代におけるブラジリアン「柔術」の逆上陸と普及については奇跡的な運命を感じる。

 以上、今回は間接的にブラジリアン「柔術」の存在価値を浮き彫りにしつつ、講道館「柔道」に関して現代まで一貫している論点についてもふれてみた。

武術ないし武道といったものの現代社会における立ち位置が「体操」つまりスポーツとしての形にあることが必須であることは間違いない。

ただ「勝負法」における有効性はさらに優先されるべき要素である。

筆者自身もスポーツ、つまりコンペティションとしての「ブラジリアン柔術」に重きを置いて接してはいるが、技術的な部分も含めて、改めて考えてみたいと思う。(敬称略)

 


講道館柔道を再三苦しめた不遷流柔術・田辺又右衛門の腕十字。
 
 
  

高谷聡(こうたに・さとし)
パラエストラ吉祥寺・代表。
ブラジリアン柔術・黒帯、柔道四段。
BJJFJ公認A級審判員。

現CSF(コンバット・サブミッション・ファイティング)王者。
CSF王座は2007年6/1、ニュージーランド、オークランド、トラスト・スタジアムにて前王者、ニール・スウェイルスと戦い、これを延長戦の末にポイント判定で降し王座獲得。
王座獲得の後、2年ぶりに王座防衛戦を行い、激戦の末に王座防衛を果たす。(2009年5月)
★CSF王座防衛戦の様子はコチラから!
★CSF王座獲得のの詳細は2007年06月01日のこのブログのニュージーランド編を参照のこと。
☆ニュージーランド編はコチラ、画像はコチラ

★著者経歴
・昭和45年2月11日生まれ、41才(独身)
・昭和57年、12才で武道を始める。
・昭和59年、合気道初段。
・昭和61年、16才で柔道に転じ以降、高校・大学・実業団にて選手として出場。
・現在は母校の柔道部監督を務める。
・平成7年、柔道4段取得。
・実業団所属時代、鈴木道場サンボクラスに入門、初段を取得。
・平成9年、鈴木道場サンボクラスに出稽古の中井祐樹先生と知り合う。
・同年末に開設されたパラエストラ東京(当時パレストラ東京)に入門、ブラジリアン柔術を始める。
・平成13年、パラエストラ吉祥寺を設立。
・平成17年、ブラジリアン柔術の黒帯を取得。
・好きな女優は池脇千鶴、おニャン子クラブでは白石麻子が好きだった。

★高谷さんの人気コラムシリーズはコチラから、ブログはコチラから!



©Bull Terrier Fight Gear

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この記事へのコメント

1. Posted by 那嵯涼介   2017年01月12日 02:38
5 高谷様

お世話になります。
昔のコラムへのコメントで大変恐縮です。
上記貴文の中に田辺又右衛門自身による文章がございますが、こちらのニュースソースをお知らせ願えますでしょうか。
現在、田辺について調査を進めているのですが、田辺自身による文章は大変貴重なのです。
何卒宜しくお願い申し上げます。

那嵯涼介

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