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2020年01月07日

佐々との思い出

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自分が佐々(敬称略)と知り合ったのはまだこのブログをスタートする以前の2002〜3年のことでした。

当時、パラエストラ東京とパラエストラ松戸の間で行われていた、双方が15人ずつの選手を出して一本決着のみで雌雄を決する勝ち抜き戦の高専柔道ルールの15vs15の団体対抗戦のときです。



その第1試合でまだともに青帯だった佐々と松根くん(良太・現THEパラエストラ沖縄代表)が戦い、15分(10分だったかも)時間切れ引き分けに終わったのです。

まだ紫帯が珍しかった時代での話で、当時二十歳そこそこの青帯とはいえすでにプロシューターとしてデビューしており、修斗の試合でバリバリ極めまくっていたイキのいい松根くんを相手に互角以上の試合をしていた佐々を見て「誰だあいつは?!」となったのが第一印象でした。

それからは特に個人的な交流もなく時は流れ、2005年の春の話になります。

5月のゴールデンウイーク中に台東リバーサイドスポーツセンターで開催されたコパ・パラエストラ・イーストで紫帯でWゴールドを獲得、長かった紫帯を卒業し茶帯になった佐々が、いろいろあって7月にブラジル・リオデジャネイロで開催されるムンジアルに行くということになり、佐々が懇意にしていた当時のチームメイト、澤田真琴(DRAGON'S DEN)の紹介で一緒に遠征することとなったのです。

その頃のムンジアルは7月下旬の開催で、その1週間前にはCBJJO主催のコパドムンドもあり、1回の遠征で2つの世界大会に出れるということで、佐々も2つの世界大会に出場しました。

最初に出たコパドムンドではあっさりと敗北し、ブラジルの壁を体感した佐々でしたが、翌週のムンジアルでは茶帯ペナ(フェザー)で優勝し、日本人初のムンジアル王者となる偉業を成し遂げるのを目の当たりにしました。

その試合では1回戦がAXISの片庭勝宣と対戦し、アドバンテージ差かレフェリー判定だったか記憶が定かではないですが、非常に僅差の試合で勝ち上がり、2回戦と3回戦は危なげなく勝利し準決勝戦まで勝ち上がり、メダル獲得を確定させました。

続く準決勝戦ではマイキー・ムスメシが色帯時代に師事していたことでも知られる"タガレラ"ことジョナタス・グージェウと対戦し、これもギリギリの接戦を勝利して決勝戦に進出。

決勝戦は反対ブロックを勝ち上がっていた植松直哉で、この2人は早い段階での対戦を避けるために他チームでありながらパラエストラ東京所属としてエントリーし、互いに勝ち上がっていっても決勝戦までは当たらないようになっていました。

ですが、それがまさに決勝戦で実現し、どちらが勝っても日本人初の世界王者誕生という史上初の日本人同士のムンジアル決勝戦となったのです。

この試合前には同じパラエストラ所属だった故・鈴木章太郎と「これは凄いことになったぞ」と2人して興奮しながら話したことを覚えています。

黒帯以外は入れないエリアに佐々の応援には中井祐樹が、植松の応援には早川光由とオズワルド・アウヴェスが入り、異様な雰囲気の中で試合が始まるのを待っていました。

そして試合は激戦となりながらも佐々が勝利して日本人初の世界王者となり、試合後にパラエストラ所属の選手たちで記念撮影し、それがゴング格闘技の誌面を大きく飾っています。

それからは翌年のムンジアルも一緒に遠征しましたが、結果的にはメダルを獲得できず、選手としては苦戦が続きましたが、2013年にはライトフェザーに階級を落として3位入賞を果たしました。

柔術家としては結果的にこの時期がピークだったこともあり、その後は試合出場の機会も激減して2016年4月にイギリスで開催されたポラリス3でジョアオ・ミヤオと対戦したのが最後でした。

試合以外の部分ではプライベートでアイドルの応援の意ハマった佐々と週5ペースで会っていたこともありました。

そのアイドルグループはお台場をメインに活動していて、頻繁にお台場でライブや握手会を行っていて、それに行くと練習時間が減るから、という理由であえて自転車で移動し、練習時間不足を自転車移動でカバーするということをしていたのも柔術の練習を第一優先で考える佐々ならではのことでした。

またその縁で佐々の教則DVD&本「盾」「矛」を作ったり、その作業中に佐々と収録テクニックのことで揉めて険悪になったり、編集担当だった故・鈴木章太郎と編集方針について揉めて殴り合い寸前になったとこを佐々が身体を張って止めに入ったりしたこともありました。

そのとき佐々が自分にタックルのように組み付いてきたのですが、その瞬間に佐々がタバコ臭かったのを妙に覚えてます。

タバコといえば愛煙家だった佐々がパン選手権で3位に入賞したとき、試合後に会場外で一服してるのを見たエスキジート(カーロス・オランダ)が「なんでタバコなんて吸ってるんだ!お前はタバコを吸わなければ優勝できるぞ!」と凄い剣幕で怒り、でも佐々は「タバコ吸っててもお前らに勝てるように練習するからいいんだ!」と逆に一喝してたのが面白かったです。

奇しくもいまは著者の佐々も発行人の章太郎も故人となってしまった「盾」と「矛」ですが、現在は絶版となっているので、当初のプラン通りにいつか合本として再販して欲しいです。

またそのアイドルのリリースイベントを追いかけるために同じような日程でセミナーツアーを組んで岐阜・大阪のセミナーを組んで2人で遠征したのもいい思い出です。

2008年から2009年ぐらいまでは公私でよく会っていましたが、佐々が好きだったメンバーがグループを卒業してからはめっきり疎遠となり、ごく稀に試合会場で会うだけになってしまいました。

実際に自分が佐々に会ったのは2015年のJBJJF全日本の会場で、すれ違い様に一言二言、話したのが最後です。

一時期は濃密な時間を過ごしていた佐々が亡くなってしまったのは残念でなりません。

心よりご冥福をお祈りします。

橋本欽也









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