2008年04月16日
パンナム2008の感想:清水宗元
パラエストラ岐阜代表のパラエストラ岐阜代表の清水宗元と申します。
この度、橋本さんの依頼を受けまして、バンナム大会の参戦記を書かせていただくことになりました。
よろしくお願いします。
私が出場したカテゴリーは、「シニア1(35〜40歳)黒帯メジオ級」。
九名の参加でした。
そこで、運よく?一回戦の相手がコールに遅れてくれて、不戦勝→準決勝進出→敗退→三位入賞、という結果になりました。
準決勝は、現グレイシーバッハBHニューイングランドおよびグレイシーバッハBHマサチューセッツ代表のカルロス・テヒーニャでした。
実はこの人、ドラクリーノ主宰の、名門・グレイシーバッハ・ベロリゾンチの古参で、私にとっても、旧知の仲でありました。
2002年の長期・ベロリゾンチ滞在時、まだ当時10数名しかいなかった当・道場の黒帯選手、バリバリの中心メンバーでした。
スパーリングにおいては、それはもう、ハーフガードすら許してもらえなかった位、毎日ボコボコにされました。
でもすごい親切な方であり、当時まだ日本であまり広まっていなかった「ラペラ・チョーク」を何パターンも、丁寧に教えてもらった覚えもあります。
試合のほうは、開始直後にタックルによりテイクダウンをされるも、すかさずスイープで応戦。でも、またスイープされ、そこをハーフガードからのスイープで再度逆襲→しかしながら、場外との判定によりノーカウント(これは痛かった)。
スタンドから再スタートし、引き込まれた所を脇ざしパスガード。
これもあと一歩までいくも、無念のタイムアップ(シニア1は試合時間が5分だけで短い)、という感じで、けっこう互角にはやれたかなあと思います。
カルロスは、パンナム大会では黒帯部門で2004〜2005年と連続優勝してるんですが(年齢別カテゴリーは不明)、そのレベルの選手にここまでやれたのは大きな自信につながりました。
また六年前全く歯が立たなかった相手だったことを思うと、自分の成長をよく実感できた感じです。
自分の試合以外の事についてですが、なんと言っても、パラエストラから出場した四人の黒帯が、全員入賞できたこと!(大内さんの参戦記ですでに触れられていますよね)
私にとっては、ただ同門というだけでなしに、それぞれ付き合いが古い(大内さんに至っては、もう二十年近く!)メンツだっただけに、喜びもひとしおでありました。
まあ、自分自身は勝っていないんですけどね。
それでも、強い心で勝負に臨め、強豪相手に互角に闘えたのは、今回このメンバーと一緒であったからこそであり、その辺は全くもって感謝の限りでありました。
それとカルロスを始め、ブラジル修行時代の仲間達と再会できたことも、うれしい出来事でありました。
このブログですでに紹介されているホーピノウことダニエル・ロットやサムエル・ブラガ、ミシェリ・アウガストなど、2002年の渡伯時に仲良くなった仲間達の成長した姿が見られました。
今回会ったベロリゾンチの旧友達は皆、現在アメリカ在住だそうです(本土組はムンジアルに照準絞っているらしい)。
みんな、より大きな成功を掴むために、アメリカで頑張っているそうで、ちょっと感動的でした。
ベロリゾンチというのは、ブラジルの中でも地方都市の一つにしかすぎないんですが、そんな所から世界を相手に勝負していこうなんていう志のある人間を何人も輩出しているのって、本当にすごいなあと思います。
ちょっと文章にとりとめがなくなってしまったのですが、今回のパンナム、自分にとっては古くからの仲間達と共に闘い、共に成果を得られたことが非常に誇らしい事であり、また感動的な事でありました。
無理して行った甲斐がありました。
最後になりましたが、今回の旅のコーディネートをしてくれた橋本さん。
そして本来は大内さんのトレーナーとして来たにも関わらず、私の面倒までみてくれたパラエストラ小岩の斎藤さん。
この場を借りて御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
ファイターズショップブルテリア
ブルテリア携帯サイト
この度、橋本さんの依頼を受けまして、バンナム大会の参戦記を書かせていただくことになりました。
よろしくお願いします。
私が出場したカテゴリーは、「シニア1(35〜40歳)黒帯メジオ級」。
九名の参加でした。
そこで、運よく?一回戦の相手がコールに遅れてくれて、不戦勝→準決勝進出→敗退→三位入賞、という結果になりました。
準決勝は、現グレイシーバッハBHニューイングランドおよびグレイシーバッハBHマサチューセッツ代表のカルロス・テヒーニャでした。
実はこの人、ドラクリーノ主宰の、名門・グレイシーバッハ・ベロリゾンチの古参で、私にとっても、旧知の仲でありました。
2002年の長期・ベロリゾンチ滞在時、まだ当時10数名しかいなかった当・道場の黒帯選手、バリバリの中心メンバーでした。
スパーリングにおいては、それはもう、ハーフガードすら許してもらえなかった位、毎日ボコボコにされました。
でもすごい親切な方であり、当時まだ日本であまり広まっていなかった「ラペラ・チョーク」を何パターンも、丁寧に教えてもらった覚えもあります。
試合のほうは、開始直後にタックルによりテイクダウンをされるも、すかさずスイープで応戦。でも、またスイープされ、そこをハーフガードからのスイープで再度逆襲→しかしながら、場外との判定によりノーカウント(これは痛かった)。
スタンドから再スタートし、引き込まれた所を脇ざしパスガード。
これもあと一歩までいくも、無念のタイムアップ(シニア1は試合時間が5分だけで短い)、という感じで、けっこう互角にはやれたかなあと思います。
カルロスは、パンナム大会では黒帯部門で2004〜2005年と連続優勝してるんですが(年齢別カテゴリーは不明)、そのレベルの選手にここまでやれたのは大きな自信につながりました。
また六年前全く歯が立たなかった相手だったことを思うと、自分の成長をよく実感できた感じです。
自分の試合以外の事についてですが、なんと言っても、パラエストラから出場した四人の黒帯が、全員入賞できたこと!(大内さんの参戦記ですでに触れられていますよね)
私にとっては、ただ同門というだけでなしに、それぞれ付き合いが古い(大内さんに至っては、もう二十年近く!)メンツだっただけに、喜びもひとしおでありました。
まあ、自分自身は勝っていないんですけどね。
それでも、強い心で勝負に臨め、強豪相手に互角に闘えたのは、今回このメンバーと一緒であったからこそであり、その辺は全くもって感謝の限りでありました。
それとカルロスを始め、ブラジル修行時代の仲間達と再会できたことも、うれしい出来事でありました。
このブログですでに紹介されているホーピノウことダニエル・ロットやサムエル・ブラガ、ミシェリ・アウガストなど、2002年の渡伯時に仲良くなった仲間達の成長した姿が見られました。
今回会ったベロリゾンチの旧友達は皆、現在アメリカ在住だそうです(本土組はムンジアルに照準絞っているらしい)。
みんな、より大きな成功を掴むために、アメリカで頑張っているそうで、ちょっと感動的でした。
ベロリゾンチというのは、ブラジルの中でも地方都市の一つにしかすぎないんですが、そんな所から世界を相手に勝負していこうなんていう志のある人間を何人も輩出しているのって、本当にすごいなあと思います。
ちょっと文章にとりとめがなくなってしまったのですが、今回のパンナム、自分にとっては古くからの仲間達と共に闘い、共に成果を得られたことが非常に誇らしい事であり、また感動的な事でありました。
無理して行った甲斐がありました。
最後になりましたが、今回の旅のコーディネートをしてくれた橋本さん。
そして本来は大内さんのトレーナーとして来たにも関わらず、私の面倒までみてくれたパラエストラ小岩の斎藤さん。
この場を借りて御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
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この記事へのコメント
1. Posted by ステーキもぐもぐ 2008年04月15日 22:25
清水選手お疲れさまでした。今年のパンナムは清水選手にとって特に感慨深い大会だったそうですね。嘗ての道場仲間と試合をされたり、同じように共に稽古に励んだ旧友の成長を目の当たりにされたりと懐かしいお気持ちになられたのだろうなぁと思います。清水選手の周りに清水選手の事をを大切に想って下さる方々が多数いらっしゃることというのは非常に素晴らしいことだと思います。及ばずながら自分も励まされた気持ちですよ。
2. Posted by ブラジルブログ 2008年04月16日 01:41
かつての仲間との再会は嬉しいものですよね!