2009年01月03日
柔術を始めたきっかけ・パート2
昨日の続きです!格闘通信のニュースを見た自分は早速、友人を誘って見学に行きました。
松戸は自宅の最寄り駅の小岩から電車やバスだと1時間はかかってしまうけど、バイクでなら約15分の距離です。
場所を電話で聞きながら行くも初めて行く場所なんで迷ってしまい、なかなか辿り着けず。
何度も何度も電話して鶴屋さんに軽くキレられながらやっとの思いで到着したら、「いま女性ボクササイズの時間だから待ってて」と30分ぐらい待たされました…。
まあ迷いに迷って到着が遅れた自分が悪いんですが!
そしてクラスをぼんやりと見ながら友達とあーだこーだ言いいつつ見学終了。
もう入会する気はまんまんだったんで見学したその日に入会手続を済ませました。
それが99年10月29日、修斗・大阪大会の前日のことでした。
で、入会したからにはギが欲しい!ということでその場で買いたい旨を伝えたら、「ああ、それじゃ注文するからこの紙に書いて。受注生産だからできたら連絡する」とのこと。
そう、99年当時はキモノを買うのはとても困難で、今のようにすぐに買えるような代物ではなかったのです!
余談ですがその場で注文してキモノが届いたのは12月の中旬でした。
確か修斗のNKホール大会の前日ぐらいだったのを記憶しています。
ずいぶんと長く待たされたキモノでしたが、入手したときは嬉しかったですね!
購入したのはイサミ製の白のキモノで上着と帯に名前の刺繍入りで値段は2万ぐらいしたような…。
今と違って受注生産だったのでキモノに名前の刺繍が入れられたのです。
そんな感じでパラエストラ松戸に入会し、念願の柔術を習い始めることになったのですが、正直その当時は鶴屋さんの名前なんて知らず、パレストラの名前だけで入会を決めていました。
パレストラ=中井祐樹、のイメージでしたからね。
で、入会してから松戸には中井祐樹は来ないと知り、がっくりしたのを覚えています。
だって「鶴屋浩って誰だ?修斗は見てるけど、そんな選手は知らないよ!」と。
そして持っていた「修斗読本」というムック本で調べてみたら、そこに記されていたのは「鶴屋浩 クラスB 戦績1敗1分」という勝ち星なしの選手という驚愕の事実が!
さらに驚愕したのは入会してからの鶴屋さんの発言。
「オレさ〜、柔術ダメなんだよね。元々キックとアマレスだから」
‥‥入会してから言わないでよ!と思いましたね、そん時は!
入会してかなりしてからこの時の話をしたら「だってちゃんと柔術のクラスを受けたことねーもん。教えられるわけねーじゃんかよ!ホント、柔術を教えるのは苦痛で苦痛で仕方なかったな。」と鶴屋さん。
自分が入会した当時の鶴屋さんはまだ青帯で失礼ながらテクニックもそれほど多くはなく、今にして思えば総合のテクニックをギありでやってる、という印象でしたが、自分的にはギを着てる!ということと憧れだった柔術をやってる!ということでかなり楽しかったです。
練習に行くときはクラスの始まる7時前には必ず行って自主的にアップをしてたりして…。
今じゃ考えられないほど真面目に練習してましたね!
で、そこからはまた長くなるんで機会があったら書きたいと思いますが、こんな感じで柔術を習い始め、今に至る、という訳です。
自分が有名選手にインタビューするときに必ず聞くのが「何で柔術を習い始めたのか?」ということです。
そこで一番多いのがやはり「UFCのホイスの活躍を見て」というもの。
あとは「兄弟がやってたから」や「なんとなく」「友達に誘われて」などなど。
で、カッコいいのがカリーニョスに聞いたとき。
なんとなく何で柔術を始めたんすか?みたいに聞いたら、ただ一言、
「Destiny!(運命だ)」。
クーッ!
さすがグレイシー、柔術をやるのは運命!
カッコいいっす!
自分の場合といえば……、
デブ克服!
……ショボっ!
そう、99年当時はキモノを買うのはとても困難で、今のようにすぐに買えるような代物ではなかったのです!
余談ですがその場で注文してキモノが届いたのは12月の中旬でした。
確か修斗のNKホール大会の前日ぐらいだったのを記憶しています。
ずいぶんと長く待たされたキモノでしたが、入手したときは嬉しかったですね!
購入したのはイサミ製の白のキモノで上着と帯に名前の刺繍入りで値段は2万ぐらいしたような…。
今と違って受注生産だったのでキモノに名前の刺繍が入れられたのです。
そんな感じでパラエストラ松戸に入会し、念願の柔術を習い始めることになったのですが、正直その当時は鶴屋さんの名前なんて知らず、パレストラの名前だけで入会を決めていました。
パレストラ=中井祐樹、のイメージでしたからね。
で、入会してから松戸には中井祐樹は来ないと知り、がっくりしたのを覚えています。
だって「鶴屋浩って誰だ?修斗は見てるけど、そんな選手は知らないよ!」と。
そして持っていた「修斗読本」というムック本で調べてみたら、そこに記されていたのは「鶴屋浩 クラスB 戦績1敗1分」という勝ち星なしの選手という驚愕の事実が!
さらに驚愕したのは入会してからの鶴屋さんの発言。
「オレさ〜、柔術ダメなんだよね。元々キックとアマレスだから」
‥‥入会してから言わないでよ!と思いましたね、そん時は!
入会してかなりしてからこの時の話をしたら「だってちゃんと柔術のクラスを受けたことねーもん。教えられるわけねーじゃんかよ!ホント、柔術を教えるのは苦痛で苦痛で仕方なかったな。」と鶴屋さん。
自分が入会した当時の鶴屋さんはまだ青帯で失礼ながらテクニックもそれほど多くはなく、今にして思えば総合のテクニックをギありでやってる、という印象でしたが、自分的にはギを着てる!ということと憧れだった柔術をやってる!ということでかなり楽しかったです。
練習に行くときはクラスの始まる7時前には必ず行って自主的にアップをしてたりして…。
今じゃ考えられないほど真面目に練習してましたね!
で、そこからはまた長くなるんで機会があったら書きたいと思いますが、こんな感じで柔術を習い始め、今に至る、という訳です。
自分が有名選手にインタビューするときに必ず聞くのが「何で柔術を習い始めたのか?」ということです。
そこで一番多いのがやはり「UFCのホイスの活躍を見て」というもの。
あとは「兄弟がやってたから」や「なんとなく」「友達に誘われて」などなど。
で、カッコいいのがカリーニョスに聞いたとき。
なんとなく何で柔術を始めたんすか?みたいに聞いたら、ただ一言、
「Destiny!(運命だ)」。
クーッ!
さすがグレイシー、柔術をやるのは運命!
カッコいいっす!
自分の場合といえば……、
デブ克服!
……ショボっ!



